空白との契約 (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

空白との契約 (1978年) (ハヤカワ・ミステリ文庫) の詳細

切れ味鋭い短編の名手として名高いS.エリンだが、「鏡よ、鏡」や「第八の地獄」等、長編にも秀作が多い。本作は、フリーの保険調査員ジェークと即席の相棒エリナ(美貌のシングル・マザー)が保険調査をする過程をサスペンス・タッチで描いたもの。エリナを素人で魅力ある美人に設定している点がミソで、二人は仕事仲間でもあり、師弟関係でもあり、やがて男女の関係にもなる。ジェークは当然、計算高いストイックな性格に設定にしてあるので、この二人の関係の変遷が一つの見所である。舞台はマイアミ。調査の対象はソーレンと言う男の自殺(表向きは交通事故)。ジェークの疑念は、ソーレンが何者かに恐喝されていたのではと言うもの。ジェークが「All or Nothing」で仕事を請け負っていると言う設定は面白い。成功報酬(保険金の1/2)を貰うまでは全て自費で活動し、失敗すればタダ働き。しかも、ソーレンの自殺を公にすれば免責で、やはりタダ働き。だが、このような危ない橋を渡るのに、金欠の素人を相棒にするのは現実味に乏しい。ソーレンの拠り所はエリナが自分を愛して、裏切らない事。心細い限りだ。その上、捜査方法は盗聴器を仕掛けたり、寝物語を利用したりと今一つ盛り上がりに欠ける。恐喝にギャングが係っているとなれば尚更だ。原題の「The Man From Nowhere」はビートルズの「Nowhere Man」から影響を受けていると思うが、その意味合いも平凡。エリナの精神的幼さには最後までイライラさせられた。そのエリナにジェークが惚れると言う設定も変調。特に結末部の愁嘆場は酷い。作者が何を描きたいのか不明で、"女は恐い"と言う教訓だけが残る凡作。